劇場版新作長編アニメ 試写会オフ会 4
照明の落ちたシアター。
スクリーンに映像が浮かび上がり、物語が始まる。
私はスクリーンの左手の壁の付いている、デジタルの時計を気にしていた。
この試写会では、上演時間は117分と案内されている。
長きに渡り私を魅了し続ける「ベルサイユのばら」を、この約2時間どのように描くのか。その時間配分が気になっていた。
終盤では、斜め前に座る女性が涙を拭き続けるしぐさが目の端に映る。控えめに鼻をすする、くすんくすんという微かな音も。
上演が終わって、シアターにあかりが戻る。
人々が姿勢を緩めるざわざわした気配と、息を吐く様子。
マイクを持った司会者が来場の礼を述べ、SNSへの感想の書き込みや鑑賞アンケートへの回答を呼び掛けて試写会は終わった。
次々に席を立つ人たち。
私は足元に置いていたリュックを取り上げ… ようとして落とした。私は持病の関係で握力があまりない。手をしっかり握ると、スムーズに開くのも難しい。そのためものごとがいちいちゆっくりになってしまう。持ったものを落とすことも多い。
このときも、リュックを持ちあげようとして上手くいかず、落とした。そのリュックは厚みが15cmほどしかない小ぶりなデザインで、肩ベルトにはデジカメがストラップでつないである。
「あ」
デジカメは落ちたリュックに引っ張られ、座席の下に転がっていった。
主に試写会に使われるマルチシアターの座席間隔はタイトで、床に落ちたものを拾いにくい。手間取っているうちに来場者は皆退場し、残っているのは私たちとスタッフだけになってしまった。
私はストラップをたぐってデジカメを拾い、それをさらに引っ張ってリュックを手繰り寄せた。けれど握ったデジカメは中途半端にファインダーが開いていて、どこかおかしい。
席を立って退場しながら電源を入れると、異様な音がした。
「うわ、デジカメ壊れたかも」
私は独り言のつもりだったが、しんとしたシアター内では、それは聞き取りやすかったようだ。
「え?」
と反応する声が聞こえて、それはスタッフの女性だった。
「デジカメを落としてしまって、ちょっと壊れてしまったみたいで」
私はそう答え、「もう20年も使っているご老体のカメラなので、仕方ないです。寿命なのかも」と付け足した。
「フランスにも連れて行ったカメラなのになぁ」
壊れたカメラへの未練を呟きつつ、シアターを出る前に1度振り返ってシャッターを切った。

このとき私はこの↑画像の確認をしたが、プレビュー画面では画像の真半分が写っていなかった。
家に帰ってからSDを取り出し、PCで開いたら正常に写っており、保存されていた。
私のせいで退場が1番遅くなった私たちは、シアターから出たあとも、ホールで少し写真を撮った。
ぐるりとひとまわりするように写真を撮ってまわり、シアターの扉の前に戻る。
フジテレビの試写室 マルチシアター。
多分、もう来ることのない場所だと思ったので、まだ開いた扉の中を少し眺めた。それから、扉の前に置かれたイーゼルをもう1度見て、写真を撮る。
スマホで撮って、壊れたデジカメでも一応撮って、やたらと撮ってしつこく撮った。
そんなさなか
最中の私に、控えめなやり取りが聞こえてきた。
「カメラが……とか……らしい……」
ところどころしか聞こえないが、どうやら私の話らしい。
「大丈夫です。うっかり落としてしまって。でももう古いカメラなので」
振り返った私が言うと、話していた女性スタッフは私の方に顔を向けた。
「ベルサイユにも持っていった愛着のあるカメラで、20年以上も使い続けていて。もう何があってもおかしくなかった」
私がそう言って、改めてスマホで写真を撮り始めると、スタッフの一人が声をかけてくれた。
「お撮りしましょうか?」
え…
私は写真を撮るのが好きで、フランスに行くと数千枚は撮る。でも人物を撮る趣味はなく、自分が撮られることも好まない。
でも。
「菫夫人!」
菫夫人は少し離れたところで写真を撮っていた。
「写真撮ってもらおう!!」
もう、ないかもしれない機会。きっともう当たるなんて思えない試写会。特別な、ベルの。
菫夫人と私は一緒にベルサイユへも行ったことがあるのだが、そのときですら、一緒に写真撮ったことはない。
けれど。
私は菫夫人を急かして、一緒にイーゼルの左右に並んだ。
「撮りまーす」
その声に、写真を撮られるのが苦手な私は、緊張する。
「いいですねー、オスカルっぽいですー」
面白い声をかけてくるスタッフ。私の服装が乗馬服のような上下で、スタンドカラーの赤いロングコートを羽織っていたからかもしれない。
「アントワネットみたいですー」
続けてシャッターを切りながら、そんな声もかけてくれる。
きっとふんわりしたイメージの菫夫人に向けたものだろう。
女性スタッフはイーゼルの前で撮ったあと、私たちをキャラクターパネルの前でも撮ってくれた。
「ありがとうございます」
撮影に使ったスマホを返してもらいながら、私はお礼とともに少しだけ話をした。
「私は自分が写真に撮られるのが苦手で、でももうこんな機会はないと思って」
そして私たちは、簡単に今回の試写会への顛末を話した。
「菫夫人 こちらが試写会を当ててくれて、私を同行者に誘ってくれて。私は(地名)から来ているんですが、こちらは(地方)からいらしているんです」
「えー!」
「普段、休みを取るのがとても難しいのですけれど、この試写会の日はちょうど休みで」
「それでもう私は、試写会当選のお知らせとお誘いをもらったときに、『これはもう、アンドレからの招待状だよ!』って」
アンドレからの招待状。
このパワーワードに、そこにいた5~6人のスタッフは「おお~」と声をあげ、小さな拍手をしてくれた。
「今回の試写会ですが」
スタッフのひとりが話し始める。
「出席率が100%だったんです。普通はそんなことはなくて、フジテレビでもマルチシアターの試写会の公募で、出席率が100%だったことはないそうで」
「そうなんですか」
「だから私たちも、“ベルサイユのばら”ファンの忠誠心はすごいって話していたんですよ」
…ここにいるのは、全員オスカル・フランソワの狗だからな
二次小説なんぞを書く私は頭の中でそう思ったけれど、それを口に出さないたしなみはある。
「そうなんですね。すごいなぁ」
いつもおっとりした菫夫人は、柔らかな口調で驚いている。
マスメディアに関わる方からちょっとした裏話を直接聞けて、私はそのことも嬉しく、熱い想いでそこにいた。
私はライターや小説家を目指したことは1度もないけれど、こういった方々が忙しく走り回って1冊の本が出来、それが出版されていく。その世界は、私にとっては大きなおもちゃ箱だ。大切なおもちゃを整理し、ときに入れ替え、その底から忘れていたものが出てくると、懐かしく嬉しい。読書が好きな子供だった私には。
フジテレビの社屋から出ると、風が吹いていた。
お台場のビル風。
この数日後に、フジテレビにはとてつもなく強い風が吹きつけることになるのだが。
私たちは3人でゆりかもめに乗った。
そしていったん新橋で分れる。
それぞれに済ませたい用があるからだ。
ちなみに私の用は、ビスキュイテリエ ブルトンヌである。
しかしこの日も、ブルトンヌでは私の買いたかったものは、残っていなかった。
「もう売り切れてしまいました…」
マジかよ。
朝、スタンプラリーを少しまわったとき、池袋店に寄っておくべきだった。
そう後悔したが、ないものはない。
それでも私の大好きなウィークエンドのチョコラとキャトルのボックスはあったので、それをオーダーする。いくつかの焼き菓子も。
「少し重いので、袋は2枚重ねにしておきました」
店頭のおねえさんが、笑顔とともに焼き菓子を渡してくれる。
確かに少し重いブルトンヌのショッパーをさげて、東京駅に向かった。
菫夫人は東京駅からのチケットを持ち、私は東京八重洲発の高速バスのチケットを持っている。
そのため再合流を東京駅としていた。
のだが。
東京駅はすごい人だった。
どこか、座れるところ。カフェか軽い食事のとれるような。
1番早く東京駅に着いたマダム エミリアは、そう考えて駅ビルの飲食のフロアを出来る限り見てまわってくれていた。
けれどものすごく混んだ東京駅は、カフェもファストフードにも空席はない。簡単な食事が出来そうなお店も。
八重洲のバスターミナルが初めての私は、その場所を確認しておきたかった。そのためマダム エミリアが、そちらへ向かってくれた。そしてバスターミナルの乗り場を下見した際にあったうどんのお店に空席があったので、そこに入ることにした。
「で」
映画の鑑賞後、はじめて落ち着いて持つ時間。
始まるのは当然答え合わせである。
もちろんマルチシアターを出てからの道すがらも、話してはいた。
でも、改めて
「どうだった…?」
菫夫人と私が東京を発つまで、それほど長い時間が持てたわけではない。
けれどその時間は、私にはとても貴重で大切な時間だった。それなのに、今振り返ると、なんの話も出来ていなかった。もっともっと話すべきことがあったのに。
いや、話すべきことではなく、聞いてみたい感想。それがあったのに。
帰路の大半をしめる高速バスで過ごす時間。
普段ならノベルを書いて過ごすが、そんな気持ちにはならなかった。
頭の中が散らかりまくり。
万華鏡のように鮮やかな色彩が乱反射している。
『わたしはオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ』
落ち着いた滑舌のその声が、耳の奥に繰り返される。
私がずっと親しみ、ともにあった田島玲子演じるオスカル・フランソワの声と、私が今1番大好きな女性声優である沢城みゆき演じるその声と。
わたしはオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ
私にとって印象に残り、気持ちを惹かれるのは「ド de」の発音がどこに置かれて、どう寄せられるかだ。
わたしは オスカル ・ フランソワ ・ ド ・ ジャルジェ
何度もその台詞を思い返す。

スタンプラリーのクリアファイル




次回は1月31日の公開初日。
パ・ドゥ・シャ夫人との観劇だ。
それまでに散らかりまくりの頭の中を整理して、吸収するための容量を空けておかなかれば。
さて。
このスタンプラリーと試写会に関するコラムは、ここで終わる。
「映画の感想は書かないの?」
そう思われるかたもいらっしゃるかもしれない。
これについては、「ネタバレになるから書かないで」というメールなどをいただいているので、控えようと思う。
公開からもう少し経ち、内容に触れてもそれほど問題がなくなってから、WCRなどで触れていこうかと思っている。
「軍服の令嬢」としては、今月もオフ会が続く。
コラボイベントも多く開催されているので、それをベースに、主に都内と関西で予定が立っている。
興味のある方はメールフォームよりお問い合わせください。
どうぞよろしくお願いいたします。
Fin
~ゆずの香のちょっとしたできごと~
サイトにお見えのお客さまと印象深い時間を過ごした2日間。
翌日の私は、こんなことになっていた。

左足の人差し指(1)は爪が剥がれてパクッと開き、爪の生え際でギリギリつながっていた。
右足の人差し指(2)は爪にひびが入って割れて、やはり剥がれかけている。薬指は典型的な靴擦れで、皮が少しはげていた。
(3)は数日後の右足で、この頃には痛みもだいぶひいた。けれど人差し指は捻挫気味だったらしく、青黒く変色が始まり、少し浮腫んできていた。
スタンプラリーをお考えの貴婦人のみなさん。
私は底の平らな履きなれた靴でスタンプラリーをまわりましたが、こんな感じでした。
スタンプラリーは電車の運行状況を気にしがちなので、つい気が急いたり、無理をしてしまうかもしれません。
どうぞお気をつけ遊ばしませ。
【Web拍手】
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今、ちょっとばかり忙しくしていて、UPしたものの推敲ができていません。
音声入力も使ってタイプしているため、誤字脱字が多いかもしれません。
お気づきの方はご連絡いただければ幸いです。
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